走れ!!!
走れ!!!とにかく走るんだ!!!
みなさん、お疲れ様です。はむです🐹
今マクドナルドでスマホぽちぽちしてて
ふと、何か記事を書きたくなりました。
そこで、私が就職した時のことを書こうと思います。
私は北海道にある普通の私立大学に通っていました。
尊敬していた教授に「あなたは一回日本を外から見た方がいい!」と言われました。
「え? はい!」と言って、その約1ヶ月後フィリピンに居ました。
2ヶ月間、フィリピンのスパルタ英語学校に通い、そのあとオーストラリアに1年弱行きました🐨
色々見た結果、私は「日本が1番いい!」ってなりました。
そのあと、就職するならドラッグストアが1番だなぁって思ったんです。
(なんでだったか忘れた🐹)
そして内定をもらい、とりあえず入社前のアルバイトをしました。
すると、そこで出会ったちょっと偉めのおばさまに「あなた!あなたはここにいないほうがいい!東京にいきなさい!」って言われました。
(今思えば大正解でした。おばさまありがとう。)
「え? はい!」と言って、内定辞退し
東京に行くことにしました🗼
「え? はい!」と言ってから1週間後、小さいスーツケースに色々詰め込んで、約20万円の通帳を持って空港に行きます。
家族がなぜかめっちゃオシャレして空港で見送りしてくれました。
「わたし、社長になって、あのボロボロのマンション建て直すから!✨」って新千歳空港で言ったらしいです。
(※母からの後日談です。ちなみに、この時実家はボロボロの不動産をやってました。社長にはなれなかったけどちゃんと私が27歳の時に建て直しました。)
家も就職先も決まってない私はとりあえず飛行機に乗りながらスマホで就職先を探しました。
東京 総合職 給与の高い順…
成田空港に着いて、とりあえず渋谷に向かいました。
渋谷に行けば何かあると思ってたから。
というか渋谷しか知らなかったから。
そして、お給料が高かった渋谷のITベンチャーに電話をかけました。
ITがなんなのかも知りませんでした。
「新卒なんですけど、まだ面接ってやってますか??」
※その時すでに3月末。
人事の人はびっくりしていて、そのあと副社長が電話に出ました。
「今から面接ってできますか🐹?」
副社長「いいですよ。…ブフフフ」
明らかに笑ってました。
そしてスーツケースを渋谷駅のロッカーに預けて、歩いたことのない道玄坂を歩きます。
オフィスに入ると、そこにはイケメン副社長が。
もう、絶対ここの会社に入る!って意思を固めました。
3月末の面接に関わらず私の他にも10人くらい一緒に面接する人がいました。
副社長「最後に質問ありますか?」
他の就活生が普通の質問をしていく中で、私はどうしても気になることがありました。
「スニーカーを履いてもいいんですか🐹??」
時が止まりました。
副社長「え?なんで?!」
びっくりされたことにびっくりしました。
🐹「時間が勿体無いので、走りたいんですけどヒールに慣れてないので、もし可能ならスニーカーで行きたいです。」
ウケました。
副社長、息できないぐらい笑ってました。
就職先が決定しました。(え)
面接が終わり、一旦家がないのでネットカフェで寝ました。
そして、無事に家を借りれました。
(※家選び間違えて板橋という遠いところに家を借りてしまい、退勤してから帰れないことが多く人の家を転々としながら働きました。地理苦手。)
入社1日目。
すごく朝早く到着して、ハチ公前のベンチに座っていると知らない若い男の人に「いやー僕たち今日からっすよね…緊張するなぁ…頑張りましょうね🔥」って言われました。「そうですね!頑張りましょうね🐹🔥」って握手しました。
(おお..東京って知らない人に話しかけたりするんだ..)
って思いながら道玄坂を登ります。(あの人だれw)
オフィスにいくと、大量の新卒たち。
みんなすでに内定者懇親会などで仲良くなっていました。
「(え?こんな人いた…?)」という目で見られました。
先輩たちもすでにあのスニーカー面接の話を聞いていたらしく「(あの子か…)」という目で見ていました。
人事部に呼ばれました。
新卒で入社しますか?
中途で入社しますか?
中途で入社したほうがお給料が月3万円ぐらい高かったんです。
自分にプレッシャーをかける意味で、中途を選びました。
(お金が欲しかった)
そして、突然トークスクリプトを渡されます。
他の新卒が1週間の研修をしている間、私は先輩たちに囲まれて突然テレアポをすることになりました。
幸いなことに学生時代、蟹をテレアポで売るバイトをしていたのでそこまで難しくはありませんでした。
(※この蟹テレアポは詐欺として摘発されバイト先は消え去りました。)
先輩たちの目が突き刺さる中、泣きそうになりながら電話をかけまくりました。
電話をかけながら断られそうになったら、もう次のリストの番号を押して、電話を切った瞬間に次にかけていました。
2日目でアポイントが取れました。
そして、次に営業トークスクリプトを渡されました。
1週間以内に覚えてきてと言われました。
その頃、ちょっと異常な立ち位置の私をみかねて新卒の人たちが仲良くしてくれるようになりました。
「みんなで1週間で頑張って営業スクリプト覚えようね🐹」
1日で覚えました。裏切りました。
そして、初めての営業にネズミに似た上司が同行してくれることになりました。
(※以下、ネズミさんと呼びます🐭)
後から知ったのですが、先輩の提案営業を見ずに、いきなり入社したばかりの人たちが提案するのは、自分の無力さを知るためみたいです。
なので、その提案は捨ての1件だったようなのです。
でも、それを知らない私は本気でその1件を取ろうとしていました。
しかしシステム的にどうしても再現できず受注できませんでした。
悔しくてしょんぼりしながら帰っていると、ネズミさんが驚いて「こんなに初めての営業でちゃんと提案した人初めてみた!」と言ってくれました。
あの日からネズミさんは私のファンになりました。
私はネズミさんのことが好きになりました。(え)
その日からより一層頑張りました。
とにかく走る。
そう、とにかく走るんです。
時間を1分も無駄にしないんです。
無駄なおしゃべりなんてもちろんしないし、上司が「本当にハムってすごいよね」って嬉しい言葉を言ってきても「ハハ🐹」とひと笑いしてとにかく電話をかけるんです。
そして、アポイントが取れたら道玄坂をパンプスを履いて駆け降りるんです。
(スニーカーを持ち運ぶのも履き替えるのも面倒になってパンプスで走り回ってました。)
受話器を置いたら負けです。
だんだん右手が痺れてきた?
大丈夫、左手があります。
電話をかけるリストがなくなってきた?
大丈夫、電話をかけながらリストを作るんです。
お尻が痛くなってきた?
大丈夫、椅子に座らなきゃいけないルールなんてないんです。
会社の悪評がひどすぎて断られる?
違う業界を開拓するんです。
アポイントが終わり、渋谷駅に着いてオフィスに戻るときにどうしてもスクランブル交差点を通らないといけません。
でもあの人混みに巻き込まれるとタイムロスします。
そう、信号を待ってる間、忍者のように信号待ちの最前列にいくんです。
そして青になった瞬間に陸上部の気持ちで走ります🏃♀️➡️(吹奏楽部でした)
こうして私の営業成績はどんどん上がっていきました。
もうその頃には「こいつ頭おかしいぞ」という枠で確定していました。
あのイケメン副社長から『ま』と呼ばれるようになりました。
私の名前の頭文字です。
今思えば意味わからないけど他の人は◯◯さんって呼ばれてるのに私は『ま』って呼ばれるのがすっごく嬉しかったです。(?)
そしてネズミさんから突然「新規事業をやるんだけど一緒にやってくれない🐭?」と言われました。
「え? はい!」
こうして、新規事業が始まりました。
ネズミさんのことを慕ってる人がたくさんいたので、自分が選ばれなかったことを悲しんでる人もいました。
私に対してやんや言ってくる人もいました。
でもそんなこと考えてる時間はないのです。
とにかく売らないといけないんです。
私を選んでくれた大好きなネズミさんの名誉のために🐭
売る商品は決まっているけど、どうやって売っていくのかが決まっていない。
ネズミさんと試行錯誤して開拓していきました。
みんながお昼休憩に行くときも、ネズミさんと2人で電話をかけ続けました。
いい感じに痩せました。
最初の実績作りが本当に大変でした。
1件目受注したとき、大学合格したときのように嬉しかったです。(大学受験してないけど)
1件目取れてからあっという間に広がっていきました。チームもどんどん大きくなっていきました。
その頃、2つ上の会社の先輩と付き合っていました。(ネズミさんへの気持ちどこいった)
その先輩は営業成績があまり良くなく、見かねたネズミさんが「はむの近くにいればこいつ頑張れるだろ」と言ってチームに入れました。
結果、先輩の頑張りは特に変わらず、逆に私はますます頑張ろうと思いました。(?)
先輩のノルマを達成させる為に、チームのみんなの笑顔が見たいから。
そして、ふと思い付きます。
営業苦手だけどリスト作るのが得意な人はリストを作って、テレアポ得意な女性陣はテレアポして、営業はネズミさんと私でいけばいいじゃん。
あの時あの会社ではそれはタブーのやり方でした。
やってみたところうまく行きました。
個人の力は総合的には伸びないのかもしれないけど、今このブラックな職場の日々を乗り越えられるなら、死人が出ないなら、なんだってよかったんです。
そしてチームは強い数字で達成し、会社内で唯一ホワイトな環境なチームとなりました。
仕事が終わってから飲みにいくのではなく、チームの人たちでゲームセンターで太鼓の達人をやったりしていました。(?)
そんな日々を送っていると、あのイケメン副社長が数人引き連れて違う会社をつくるということを知りました。
「僕も連れて行ってください」って泣いてる人もいました。
それぐらい会社の太陽みたいな人物だったんです。イケメンだったし。
その頃から「ビジネスって、会社ってこういう世界なんだ…」ってなんだか複雑な気持ちを持つようになりました。
イケイケのライブハウスで行われた忘年会。
私は月間・年間MVPを受賞し、その時付き合ってた先輩に公開プロポーズをされ、人生で滅多にない華やかな1日に見えていたと思います。
でも、あの日のことは副社長が社長と肩を組んで泣いてるところしか鮮明に覚えていません。
男の涙ってなんかいいなって思いました。(え)
そんなこんなで、私は1年間走り続けました。
関東全域
名古屋へ
東北へ
とにかく走りました。
パンプスを何個ダメにしたかわかりません。
大変だったけど忘れられない青春。
頑張った時の記憶ってなんか素敵だね。
ちなみに、その後私がいろんな会社を転々としていくうちにまた副社長に出会い、ビジネスとしてやり取りをすることがありました。
意外と普通の1人の人間なんだなって思いました。
札幌から渋谷に飛んできて、拾ってくれて
あの時ものすごく遠くに感じてた副社長。
意外と普通の人だった。
部下じゃなくて、私を1人の対等な関係としてお話してくれるのが嬉しかった。
今も会社は続いてるようだ。
元気にしてるかな?
あの時私にキスしようとしたこと、覚えてるかな?
今度会いに行こうかな。(行くな)
ネズミさん痛風持ちだけど生きてるかな?
あぁ、結局なにを書きたかったのか忘れたけど、なんかいい記事じゃない?どうかな?
それではまたお会いしましょう!
さようなら👋🐹✨




はむさーん!
初めてこちらでコメントします☺️
おそらくなんですが、
ハムさんが渋谷で走ってる同時期
私も渋谷に生息してました🤣
そして多分あの会社さんだろうなぁぁと🥺✨
はむさんの過去話聞くの大好きです♡
環境を自分で作ってたんですね!ハムさんの営業が聞いてみたくなりました〜😁
きっと、短時間で商談成立してるんだろうな〜